理化学研究所、人工リンパ装置による免疫応答誘導機構を解析
世界初の人工リンパ装置による免疫応答誘導の機構を解析
- 免疫能力の低下したマウスで強い免疫反応を誘発、免疫能力を回復 -
◇ポイント◇
・人工リンパ節をマウスに移植すると迅速かつ強力な免疫機能を長期間誘導
・免疫記憶細胞を濃縮、蓄積し抗原を記憶、強い二次応答を誘導
・重症感染症、がん、免疫不全など様々な難病への臨床応用に期待
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、開発中の「人工リンパ節※1」の移植によって、免疫能力の低下したマウスに免疫機能を30日以上という長期間にわたって誘導できることを確認しました。また、この人工リンパ節が自然のリンパ節と同様に機能するのみならず、自然のリンパ節よりも免疫グロブリンの生産が10倍から100倍という強力な免疫能を発揮できることを確認しました。これは、理研免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口 克センター長)免疫監視機構研究ユニットの渡邊 武ユニットリーダーらによる研究成果です。
免疫監視機構研究ユニットは、人工の免疫装置を造ることを目指して研究を行っています。これまでに、人工の生体適合材料であるコラーゲンスポンジ※2と臓器の再生に必要なストローマ細胞※3や樹状細胞※4とを組み合わせて、マウスの体内に人工リンパ節を作製し、人工リンパ節が自然のリンパ節に類似した構造と正常な免疫能を持っていることを確認してきました。
今回研究ユニットは、この人工リンパ節を免疫能力の低下したマウス、あるいは正常マウスに移植し、移植を受けたマウスの人工リンパ節が強い免疫反応を惹起(じゃっき)することを発見しました。特に免疫能力が低下している個体ほど、移植した人工リンパ節は強い免疫反応を誘導することがわかりました。さらに人工リンパ節は、一度抗原刺激を受けたことを記憶している「免疫記憶細胞」を濃縮、蓄積しており、2度目の抗原刺激を受けると速やかに強い二次応答を誘導し、免疫機能が少なくとも30日間以上という長期間にわたり維持していることを確認しました。
人工リンパ節の移植によって免疫不全マウスに強力な免疫応答を誘導し、免疫能力を回復させることができることを示した本研究は、重症感染症、がん、免疫不全症など様々な難病への臨床応用の可能性を示唆するものです。
本研究の成果は、米国の科学雑誌『The Journal of Clinical Investigation』4月号(オンライン版3月15日)に掲載されます。
1.背景
近年、重症感染症やがんなど、免疫機能の低下を伴う疾患が大きな問題となっています。免疫監視機構研究ユニットは、こういった難病を再生医療によって治療できないかと考え、強い免疫能力を発揮し、かつ必要に応じて容易に装着、脱着が出来る人工リンパ装置の開発研究を行っています。
免疫系には異物を認識する能力があり、ひとたび異物を認識するとそれは記憶されます。同じ異物に再び出会うと、初回のときよりも迅速でかつ強力な免疫反応が起こり、この反応を「二次応答」と呼んでいます。これは、抗体を産生するB細胞が、初めて出会った異物に対して、まず免疫グロブリンM(IgM)という抗体を産生するのに対し、二回目以降は、一つの抗原に対してさらに強い免疫能力を発揮する免疫グロブリンG(IgG)という抗体を急速かつ大量に産生するためです。このように産生する抗体のクラスが変化する現象を、「クラススイッチ」と呼びます。また、初期のB細胞は抗原に対して弱い力で結合しますが、その後、B細胞の免疫グロブリン遺伝子の変異を誘導し、弱い結合力のB細胞は淘汰されて強い結合力をもつものだけが生き残ります(抗体親和性成熟)。このように抗原に強力に結合できる抗体を作るB細胞が、IgG抗体産生細胞へと分化、増殖する結果、二次応答では、抗体産生細胞の数が初期に比べて増大し、免疫反応も強くなっていきます。また、抗原に強力に結合する抗体を作るB細胞の一部は免疫記憶細胞となって生き残り、次の感染へと備えます。一連のこのような反応はリンパ節の胚中心という場所で起こります。
研究ユニットはこれまで、人工の生体適合材料であるスポンジ状のコラーゲンと、臓器を支える機能をもつストローマ細胞に、抗原をリンパ球に提示する働きをもつ樹状細胞を染み込ませ、正常なマウスの腎臓の被膜下に埋め込むことで、「人工リンパ節」を構築できることを報告してきました。(平成16年12月10日研究成果)
人工リンパ節は直径2~3mmの大きさをしています。自然のリンパ節と同様、T細胞領域とB細胞領域に区分された「濾胞(ろほう)」と呼ぶ組織構造をとります。また、抗原で刺激を与えると、自然のリンパ節と同様に胚中心を形成して、B細胞が活発に増殖し、抗体を産生します(図1)。また、形成したこの小さな人工リンパ節を免疫能力の低下したマウスに移植すると、正常な個体に移植したときよりも多くの血中IgGを産生すると予想しました。今回研究ユニットは、人工リンパ節の移植を受けたマウスでどのように免疫反応が誘導されるのかを調べるために、免疫反応を詳細に解析し、定量しました。
2.研究手法と成果
今回、抗原に対する抗体の結合力を測定し、人工リンパ節でも正常のリンパ節と同様に、抗原に対して強い結合能を持つIgGクラスの抗体を産生していることを確認しました。このことが、「クラススイッチ」と「親和性の成熟」がおきて二次応答が誘導されることをはっきりと証明することになりました。この人工リンパ節では、一種類の抗原に対して強い結合能を示す抗原特異的なIgGクラスの抗体を血中でも500-800マイクログラム/mlという高濃度で産生することがわかりました(正常マウスが持つ全てのIgG抗体量は最大1,000マイクログラム/mlであるのでいかに高濃度であるかがわかります)(図2)。
人工リンパ節を、「重症複合型免疫不全(SCID:Severe Combined Immune Deficiency)」という重度の免疫不全症を引き起こしているマウスに移植しました。SCIDマウスは、免疫の源となっているT細胞、B細胞をもたず、血清中にも抗体はほとんど見いだされません。このため、免疫力が低下し、正常な個体では病気にならないような病原体によってすら日和見感染をおこして致死的になってしまうマウスです。このSCIDマウスに、人工リンパ節を移植して抗原で免疫すると、血中7~8ミリグラム/mlという、正常なマウスを同じように免疫した場合の10~100倍ものIgG抗体を認めました(図3)。このように、本来免疫力を持たないマウスが、迅速にしかも強力な免疫機能を持ち、その機能を少なくとも30日以上という長期間誘導できることが明らかになりました。また、人工リンパ節由来の免疫細胞は、SCIDマウスの脾臓や骨髄へ移動し、これらの組織で、抗体産生細胞へと分化、増殖し、免疫能力をさらに高めていることが分かりました。
さらに、こうした機能を持つ人工リンパ節の免疫細胞の種類を調べたところ、人工リンパ節には、免疫記憶細胞が多く存在していました。正常なマウスに埋め込んだ人工リンパ節と、自然のリンパ節とを比較すると、人工リンパ節には5~10倍もの記憶型T細胞が存在していました。人工リンパ節の移植を受けたSCIDマウスの脾臓には、正常の脾臓の7倍もの記憶型T細胞が存在し、また、人工リンパ節には多くの記憶B細胞が存在していました。これら免疫記憶細胞の存在によって、すばやく免疫反応を誘導していることが示唆されました。
3.今後の展開
本研究によって、免疫能力の低下したマウスに人工リンパ節を移植すると、免疫能力が大幅に回復することを確認しました。今回の成果は、将来、免疫不全症、重症感染症、エイズなどの難治性感染症、あるいはがんの免疫療法に人工リンパ節を応用できる可能性を示しています(図4)。今後、免疫系ヒト化マウスを用いたヒト型の人工リンパ節、リンパ組織の構築が期待されます(図5)。
また、人工リンパ節を用いることによって、免疫反応を3次元的に解析することも可能となりました。リンパ組織の分化、構築の機構、免疫記憶、免疫抑制、免疫監視機構などの研究に、人工リンパ節が役立っていくことでしょう。
<補足説明>
※1 リンパ節
体の鼡径部(そけいぶ)、気管支・肺、腋の下などにある。全身から組織液を回収して静脈に戻すリンパ管系の途中に位置する。組織内に進入あるいは生じた非自己異物が、血管系に入り込んで全身に循環してしまう前に、免疫応答を発動して食い止める関所のような機能を持つ。
※2 コラーゲンスポンジ
コラーゲンで作られたスポンジ。蜂の巣様の構造をしており、細胞接着、細胞成育に適している。
※3 ストローマ細胞
上皮性の支持細胞。免疫系では、骨髄、胸腺、リンパ節などにそれぞれ特有のストローマ細胞が存在し、種々のサイトカイン、分子を分泌して、それぞれの免疫組織構築の誘導、免疫細胞の分化、成熟に重要な働きをしている。
※4 樹状細胞
樹状突起をもつ白血球で、多くの亜集団がある。微生物の排除やTリンパ球に異物の情報を伝える細胞(抗原提示細胞)としてはたらき、免疫反応の本質的な司令塔としての役割を担っている。
●図1 人工リンパ節の形成方法
●図2 免疫されていない正常マウスに移植した時のIgGクラスの抗体産生量
正常マウスでは、ただ1回の静脈注射による抗原の免疫ではIgGクラスの抗体は殆ど作られていないが(レシピエント脾臓)、人工リンパ節では大量のIgGクラスの抗体を作るB細胞が出現する。マウスの血清中にもIgGクラスの抗原特異的な抗体が多く検出される。通常、マウスの血清中の全抗体量(少なくとも10万種類以上のいろいろな抗原に対応した抗体の総量)は1,000マイクログラムくらいであるから、ただ1種類の抗原に対応した1種類の抗体の量が600マイクログラムもあるというのは非常に高濃度と言える。
●図3 人工リンパ節を免疫不全マウスに移植した場合
●図4 人工リンパ節による感染症、がん、免疫病の治療
●図5 ヒト型人工リンパ説とヒト化マウスを用いた、感染症、がん、免疫病の治療の研究
(* 図1~5は関連資料を参照してください。)