理化学研究所、アレルギー発症の新たな分子メカニズムを発見
アレルギー発症の新たな分子メカニズムを発見
-Runx転写因子が免疫反応を制御するT細胞のIL-4産生を抑制-
◇ポイント◇
・T細胞特異的にRunx転写因子機能を破壊したマウスがアレルギー様病態を発症
・Runx転写因子によるIL-4サイレンサーの機能制御のメカニズムを解明
・喘息やアレルギーへの新たな治療方法の開発を可能に
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、アレルギー疾患の発症に関与するインターロイキン-4(IL-4)の産生をRunx(ランクス)転写因子が抑制することを発見し、アレルギー疾患発症の新たな分子メカニズムを解明しました。これは、免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)免疫転写制御研究チームの谷内一郎チームリーダー、直江吉則研究員らによる研究成果です。
免疫反応を調節するヘルパーT細胞には、1型ヘルパーT細胞(Th1細胞)と2型ヘルパーT細胞(Th2細胞)という細胞群が存在します。この2つの細胞群は、免疫反応のバランスを保つために重要で、Th2細胞に偏った免疫反応は、アレルギー疾患の発症に繋がることが知られていました。特にTh2細胞から産生するインターロイキン-4(IL-4)というサイトカインは、IgEの産生を促進し、過剰なIL-4の産生はアレルギー疾患を誘発することが知られています。しかし、IL-4の産生を制御するメカニズム、特に同じT細胞のTh1細胞でなぜIL-4が産生されないかはよくわかっていませんでした。
研究チームは、CD4 ※1遺伝子の発現抑制に働くことが知られるRunx転写因子に着目し、遺伝子操作によりT細胞でRunx 転写因子の機能を破壊したマウスを作製し、このマウスが喘息様のアレルギー疾患を自然発症することを発見しました。その原因を調べた結果、Runx転写因子が機能しないT細胞を持つマウスでは、Th1細胞からもIL-4が産生されてしまうため、喘息様のアレルギー疾患が発症してしまうことがわかりました。さらに詳しく解析し、Runx転写因子がIL-4遺伝子の発現を抑制するサイレンサーという領域に直接結合して、Th1細胞でのIL-4の産生を抑制しているメカニズムを発見しました。
今回のアレルギー疾患モデルマウスの樹立とアレルギー疾患の新しい発症機序の解明という研究成果から、アレルギー疾患の更なる病態解明や新たな治療薬の開発が期待されます。
本研究成果は、米国の科学雑誌『The Journal of Experimental Medicine』(8月6日号)に掲載されます。
1.背 景
病原体による感染を契機とした免疫応答が始まると、免疫反応を制御する役目を担うヘルパーT細胞は、幾つかの機能の異なる細胞群に分化しますが、大きくTh1細胞とTh2細胞に区別されます。Th1細胞とTh2細胞は、それぞれ細胞性免疫と液性免疫を活性化し、免疫応答を調節します。このTh1細胞/Th2細胞の分化バランスは、免疫応答の調節に非常に重要であり、T細胞の分化バランスの破綻は感染症、自己免疫疾患、アレルギーなどの免疫疾患の発症に深く関与します。Th1細胞/Th2細胞の分化には、サイトカインと呼ばれる物質が重要であり、Th1分化にはインターフェロン-ガンマ(IFN-γ)およびインターロイキン-12(IL-12)、Th2分化にはインターロイキン-4(IL-4)が主に関与することが知られています。
これらのサイトカインは、細胞の分化ばかりでなくTh1細胞/Th2細胞の機能にも重要な役割を担っています。特にTh2細胞から産生されるIL-4は、アレルギーの発症に関与するIgEの産生を促進するため、IL-4の過剰産生はアレルギー疾患の発症を誘発することになります。つまり、IL-4の産生を抑制的に制御することができると、アレルギー疾患を予防し制御することができると考えられます。しかしながらIL-4産生を制御するメカニズムはまだよくわかっていませんでした。例えば、Th1細胞はIL-4を産生しませんが、なぜTh1細胞に分化するとIL-4が産生されなくなるのか、そのメカニズムは不明でした。
遺伝子の発現は、ゲノム上の制御領域の機能によって調節されています。Runx転写因子は、制御領域内の特異的なDNA配列に結合することで遺伝子の発現を調節する分子で、このような機能を持つ分子を転写因子と言います。研究チームは免疫系でのRunx転写因子の機能に注目して研究を進めました。
2.研究手法および研究成果
(1)Runx転写因子機能を欠損するマウスがアレルギー疾患を発症
研究チームは、T細胞でのRunx転写因子の機能を調べる目的で、遺伝子操作技術を使ってT細胞特異的にRunx転写因子の機能を欠損するマウスを作製しました。
その結果、驚いたことに、このマウスでは血中のIgE濃度が高く、肺には細胞が浸潤した炎症像がみられ、ヒトの喘息とよく似たアレルギー疾患を自然発症しました。つまり、T細胞でRunx転写因子の機能が無くなるとアレルギーが起こることがわかったわけです。
(2)Runx転写因子がTh1細胞のIL-4産生に重要な役割を担う
次に、Runx転写因子の機能を欠損したT細胞で、どんな異常が起こっているのかを調べました。その結果、Runx転写因子の欠損によりT細胞から過剰のIL-4が産生されていることがわかりました。さらに、どのタイプのT細胞がIL-4を産生しているのか調べてみると、本来ならばIL-4を産生するはずのないTh1細胞からもIL-4が産生されていました。これは、Runx転写因子がTh1細胞でのIL-4産生抑制に重要な役割を果たしていることを示します(図1)。
(3)Runx転写因子がIL-4サイレンサーに結合し生産を抑制
どのようにしてRunx転写因子はIL-4の産生を抑制するのでしょうか?研究チームは、IL-4遺伝子座に存在するサイレンサーといわれる領域に着目しました。サイレンサーは、遺伝子の発現を抑制的に調節する制御領域の名称で、最近の研究からIL-4遺伝子にもサイレンサー領域があることが報告されていました。そこで、研究チームは、クロマチン免疫沈降法※2という研究手法を用いて、Th1細胞、Th2細胞のそれぞれでRunx転写因子がIL-4サイレンサーに結合しているか調べました。その結果、Th1細胞では、Runx転写因子がIL-4サイレンサーに結合していましたが、IL-4を産生するTh2細胞では、Runx転写因子の結合は見られませんでした。これらの結果から、IL-4サイレンサーがその機能を発揮してIL-4遺伝子の発現を抑制するには、Runx転写因子がIL-4サイレンサーに結合する必要があることが判明しました(図2)。
(4)転写因子Gata-3はRunx転写因子とIL-4サイレンサーの結合を解除
Th2細胞では、なぜRunx転写因子がIL-4サイレンサーに結合しないのでしょうか?研究チームは、Th2細胞でのみ発現し、Th2細胞において重要な機能を持つGata-3といわれる転写因子に着目し、Th1細胞にGata-3を発現させてみました。その結果、Gata-3の発現によりRunx転写因子とIL-4サイレンサーの結合が解除され、Th1細胞からIL-4が産生されました。つまり、Th2細胞では、Gata-3が発現することにより、IL-4サイレンサーの機能を抑制してIL-4が産生されることが明らかになりました。
これらの研究成果から、Runx転写因子が中心となってIL-4サイレンサーの機能を制御することにより、IL-4遺伝子の発現が制御されるメカニズムが明らかとなりました。すなわち、IL-4産生を抑制するメカニズムを分子レベルで解明し、アレルギー疾患の新たな発症機序を発見したことになります。
3.今後の期待
今回の研究は、動物モデルを使って、Runx転写因子によるIL-4産生抑制のメカニズムとその破綻によるアレルギー疾患発症のメカニズムを解明したものです。本研究によりIL-4産生抑制の分子標的が明らかになったことは、従来のアレルギー疾患治療薬とは、異なる新規の薬剤の開発に繋がる成果といえます。また、アレルギーを自然発症するマウスとしてRunx転写因子変異マウスを樹立したことは、新規アレルギー薬の評価やさらなる病態解明に応用する新たな道を見出した成果ともなり、アレルギー疾患の病態解明や制御法の開発に大きく貢献すると思われます。
<補足説明>
※1 CD4
細胞の表面に存在する抗原マーカーのひとつ。T細胞は表面マーカーとしてCD4やCD8などを発現している。細胞表面にCD4をもつT細胞はヘルパーT細胞として機能することが知られている。Runx転写因子はCD4遺伝子のサイレンサーに結合することで、細胞傷害性T細胞でのCD4遺伝子の発現を抑える。
※2 クロマチン免疫沈降法
細胞内でDNAとタンパク質の結合を調べる実験手法。タンパク質をDNAに結合した状態で固定した後、目的のタンパク質に対する抗体で免疫沈降を行う。免疫沈降物に含まれるDNA断片を解析する事で、目的のタンパク質がDNAに結合しているかを検出する。
◆図1 Runx転写因子欠損によるTh1細胞でのIL-4産生
◆図2 Runx転写因子によるIL-4産生抑制とその破綻によるアレルギーの発症メカニズム
(※図1・2は添付資料を参照)