理化学研究所、根毛をつくる遺伝子が根毛をなくす遺伝子から進化して出来た事を解明
根毛をつくる遺伝子は、根毛をなくす遺伝子が進化したものと判明
- シロイヌナズナの根毛形成を制御するメカニズムを世界で初めて進化的に検証 -
◇ポイント◇
●根毛をなくす遺伝子と根毛をつくる遺伝子のキメラをつくって解明
●根毛をなくす遺伝子が遺伝子スイッチを押せなくなると、根毛がつくられる
●表皮細胞に蓄積されるアントシアニン等の有用物質の産生向上に貢献
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、シロイヌナズナの根毛をつくる働きを持つCPC遺伝子が、根毛をなくす働きを持つWER遺伝子から進化してできたものであることを明らかにしました。これは理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)機能開発研究グループ 機能発現研究チームの和田拓治チームリーダー、冨永るみ研究員らの研究成果です。
植物の根には、土中から水や栄養を吸収するために根毛が形成されます。シロイヌナズナの根毛の形成を制御する遺伝子として、CPCとWERという2種類の遺伝子が知られています。CPCとWERは同じMyb(ミブ)※1ファミリーに属する遺伝子ですが、CPC遺伝子は根毛を作り、WER遺伝子は逆に根毛をなくす働きを持っています。両方とも約50残基のアミノ酸配列をもつMybと呼ばれる似た部分(領域)を持っています。
研究チームは、CPC遺伝子とWER遺伝子の機能の違いが、どのアミノ酸配列の違いに由来するものかを明らかにするために、CPCとWERのMyb領域を入れ換えた12種類のキメラ遺伝子※2を作り、それぞれの遺伝子の根毛形成における働きを調べました。その結果、WER遺伝子の機能を発現するには厳密なアミノ酸配列が必要であるのに対し、CPC遺伝子の機能はWER遺伝子のMyb配列でも代用できることがわかりました。また、キメラタンパク質※3の実験から、CPCタンパク質はWERタンパク質の一部が欠損しているため、非根毛細胞をつくるための遺伝子スイッチを押すことができず、根毛が形成されるという機構が明らかとなりました。これらのことから、CPC遺伝子はWER遺伝子の一部(約半分)が欠失した後、アミノ酸置換により、DNAへの結合能力を失い、新たな機能(WER遺伝子と逆の根毛形成能)を獲得するよう進化したものと推察できました。
本研究は、未だ明らかにされていない根毛、トライコーム※4、気孔などの複雑な表皮細胞の分化のしくみを理解するのに役立ちます。将来、これらの遺伝子の発現を変化させることにより、環境に応じた根毛を持つ植物を作出できると考えられます。また、これらの遺伝子は植物全体の表皮細胞分化を制御することが知られており、表皮細胞に蓄積されるアントシアニン等の有用物質の産生向上にも役立つと期待されます。
本研究成果は、米国の科学雑誌『THE PLANT CELL』(7月号)に掲載されます。
1.背 景
表皮細胞は、植物が外界に接する最前線です。動物のように自ら動けない植物は、環境に応じて細胞の形を変える必要があります。根毛は表皮細胞が外側に伸長した器官で、水分や栄養の吸収といった生命に重要な役割を果たします。根毛は通常8個の根毛細胞(根を輪切りにしたとき)から規則的に形成されます(図1)。このとき、Myb、bHLH、WD-40等のファミリーに属する様々な転写因子が複合体を作り、根毛形成を制御していることがわかってきました。
研究チームではこれまでに根毛の少ないシロイヌナズナ突然変異体の原因遺伝子として、Mybファミリーに属するCPC遺伝子を発見しました(Wada et al., 1997, Science 277, 1113-1116)。このCPC遺伝子は、非根毛細胞で発現し、根毛細胞へ移行後、非根毛細胞形成のスイッチであるGL2遺伝子の発現を抑制し根毛をつくることが知られています。その後、根毛の多い突然変異体の原因遺伝子として同じくMybファミリーに属するWER遺伝子の存在が報告され、CPC遺伝子とは転写因子複合体への結合において拮抗的に働くと考えられています。研究チームは、WER遺伝子とCPC遺伝子の機能の違いがどの配列の違いに由来するかを明らかにすることにより、根毛形成制御機構の解明を目指しました。
2.研究手法と成果
(1)キメラで根毛をつくる・なくす遺伝子機能を解明
根毛をつくる働きを持つCPC遺伝子と根毛をなくす働きを持つWER遺伝子のMyb領域を入れ換えた12種類のキメラ遺伝子をつくり、根毛が少ないcpc突然変異体、あるいは根毛が多いwer突然変異体に導入しました。そして、突然変異体の表現型が回復したかどうかにより、キメラ遺伝子の機能を判定しました。その結果、WER遺伝子のMyb領域をCPCのそれと入れ換え、wer突然変異体に導入しても、根毛の多い表現型は変化しませんでした。しかし、CPC遺伝子のMyb領域をWERのそれと入れ換え、cpc突然変異体に導入すると、根毛の少なかったcpc突然変異体の根毛数が増加しました。このことから、WERキメラ遺伝子はわずかなアミノ酸置換でもWER遺伝子の機能を失いますが、CPCキメラ遺伝子はほぼ全体を入れ換えてもCPC遺伝子として機能することがわかりました。
※通常、遺伝子の名前は3文字の斜体(CPC, WER)で表記し、その遺伝子が破壊された突然変異株を小文字(cpc, wer)で表記する。遺伝子産物であるタンパク質は直立体の大文字(WER, CPC)で表記する。
(2)キメラタンパク質の比較
また、それぞれのキメラタンパク質のタンパク質間相互作用を、イースト2ハイブリッド、あるいは3ハイブリッド法※5で比較しました。その結果、キメラタンパク質(CPCキメラ、WERキメラ)は、もとのタンパク質(CPC、WER)と同じようにbHLHタンパク質に結合したので、CPC遺伝子とWER遺伝子の機能の違いはタンパク質への結合特性の違いに由来するものではないことがわかりました。
(3)DNAの結合力を比較
次にDNAへの結合力をゲルシフト法で比較したところ、WERキメラタンパク質はDNAへの結合力を失うことによりWERとしての機能を失うことがわかりました。一方CPCキメラタンパク質は、DNAへの結合力を付与されても、CPCとして機能できることがわかりました。つまり、WERタンパク質の一部とほぼ同じ構造を持つCPCキメラタンパク質は、CPCタンパク質と同様の機能を示すことが証明できました。
これらの結果から、CPC遺伝子は、WER遺伝子の一部(約半分)が欠失した後、アミノ酸置換によりDNAへの結合力も失い、新たな機能(WER遺伝子と逆の根毛形成能)を獲得するよう進化したと推察できました(図2)。
3.今後の期待
本研究より、植物細胞の分化が、転写因子複合体の形成やDNAへの結合によって制御されていることが示されました。さらに転写因子の細胞間移行なども関わっていることがこれまでにわかっています(Wada et al., 2002, Development 129, 5409-5419)。将来これらの遺伝子の発現を変化させることにより、環境に応じた根毛を持つ植物を作出できると考えられます。また、これらの遺伝子は植物全体の表皮細胞分化を制御することが知られていますので、表皮細胞に蓄積されるアントシアニン等の有用物質の産生向上にも将来役立つと期待されます。ワタの繊維細胞や柑橘類の果実のさのうも表皮細胞の突出に由来する器官であり、根毛と同様の制御機構により形成される可能性があります。このような有用作物の増収にも将来役立つと期待されます。
※補足説明は、添付資料をご参照ください。