2013'01.11.Fri
記憶を思い出す源となる神経回路を解明
<ポイント>
○脳の記憶を思い出すための仕組みは解明されていなかった。
○サルの大脳側頭葉で、記憶を思い出す際に働く信号の生成や伝播を担う神経回路を発見。
○記憶障害の研究や連想型データベースの検索効率化などへの応用に期待。
JST 課題達成型基礎研究の一環として、東京大学 大学院医学系研究科の宮下 保司 教授、平林 敏行 助教らは、サルを被験動物とした実験により、記憶を思い出す時の信号の生成と伝播を担う神経回路を発見しました。
大脳の側頭葉(注1)は、物体についての記憶を司る脳の領域であり、物事を覚え込んだり、思い出したりする時に活動する神経細胞が多く存在することが知られています。しかし、これらの神経細胞が、どのような神経回路を形成し、連携することによって記憶を思い出す信号を生成しているのかは分かっていませんでした。
本研究グループは、1つの図形(例えば鉛筆)を手がかりにして、事前に対として記憶している別の図形(消しゴム)を連想する作業を遂行中のサルの側頭葉で、複数の神経細胞群の活動を同時に記録しました。その結果、手がかり図形(鉛筆)に応答しその情報を保持するニューロン(手がかり図形保持ニューロン)から、別の図形(消しゴム)を思い出す時に活動するニューロン(対図形想起ニューロン)へと特異的に神経信号が伝達し、それがさらに他の対図形想起ニューロンへと伝播していくことによって、記憶想起信号が生成され、増幅されることが分かりました。これにより、私たち霊長類が物体についての記憶を思い出す際に用いられる側頭葉の神経回路とその動作が初めて明らかになりました。
今回用いた複数の神経細胞群の活動を同時に記録し、解析する手法により、記憶想起信号の起源となる局所神経回路の解明が進むとともに、あるタイプの記憶障害に関与する神経回路についての研究の進展や、連想型データベース(注2)の高速化・効率化などへのさまざまな応用が期待されます。
本研究成果は、2013 年1月9日(米国東部時間)に米国科学誌「Neuron」のオンライン速報版で公開されます。
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域 「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」
(研究総括:小澤 瀞司 高崎健康福祉大学 健康福祉学部 教授)
研究課題名 「サル大脳認知記憶神経回路の電気生理学的研究」
研究代表者 宮下 保司(東京大学 大学院医学系研究科 教授)
研究期間 平成23年10月~平成28年3月
JSTはこの領域で、脳神経回路の発生・発達・再生の分子・細胞メカニズムを解明し、さらに個々の脳領域で多様な構成要素により組み立てられた神経回路がどのように動作してそれぞれに特有な機能を発現するのか、それらの局所神経回路の活動の統合により、脳が極めて全体性の高いシステムをどのようにして実現するのかを追求します。またこれらの研究を基盤として、脳神経回路の形成過程と動作を制御する技術の創出を目指します。
上記研究課題では、記憶ニューロン群を生み出す大脳側頭葉・前頭葉皮質の微小神経回路の働きを調べ、これらがどのように協調的に組織化されて記銘や想起という現象が可能になるかを明らかにします。
<研究の背景と経緯>
大脳の側頭葉は、物体についての記憶を司る脳の領域であり、これまでに、記憶の定着および思い出し(想起)時に活動する神経細胞が知られていました。しかし、これらの記憶神経細胞がどのように働くのかその仕組みを解明しようとするこれまでの研究アプローチは、物事を記憶する時の個々の神経細胞の活動を測る方法か、または逆に神経細胞の集団を1つの機能単位として、その活動をマクロ的に測定する方法のどちらかであり、個々の神経細胞同士が、互いにどのような回路を形成することによって記憶想起信号を生成しているかについては分かっていませんでした。このように、記憶想起のプロセスを神経回路の動作として理解することは、脳の働き方の原理を理解することであり、脳科学における数十年にわたる課題になっていました。
<研究の内容>
本研究では、サルに対連合記憶課題(注3)(図1)を課し、視覚からの長期的な記憶を想起する時のさまざまな神経細胞の活動を同時に記録・解析しました。対連合記憶課題とは、「鉛筆」と「消しゴム」のように対となる事柄や図形をあらかじめ連想によって記憶し、特定の図形を見た時に、それと対になっている図形を連想によって思い出す課題です。
課題を遂行中のサルの神経細胞群の活動の記録には、多チャンネル電極(注4)を用いました。これらの神経活動を解析することにより、サルが実際に記憶を想起している時の神経回路の作動を調べることができました。その中で本研究では、提示された特定の手がかり図形に応答し、その情報を保持する「手がかり図形保持ニューロン」と、特定の対図形の想起時に活動する「対図形想起ニューロン」に着目し、想起期間におけるそれらのニューロン間の信号伝達を解析しました(図2)。
解析には、経済学において広く用いられているGranger因果性解析(注5)を用いました。これは、あるニューロンAの活動が、同時に記録している別のニューロンBの活動が原因となっていると予測される度合いを計算することによって、ニューロン間の信号伝達の強さを推定する方法です。
解析の結果、手がかり図形を見たサルが対となる図形を想起している時に、対図形想起ニューロンにおいて記憶想起信号が生成されるのに先立って、手がかり図形保持ニューロンから対図形想起ニューロンへと神経信号が伝達することが分かりました(図3、図4)。このことから、このニューロン間信号伝達が原因となって、対図形想起ニューロンにおいて記憶想起信号が生成されることが示唆されました。
次に、手がかり図形保持ニューロンから対図形想起ニューロンへの信号伝達の前後において、同時に記録されたもう1つの対図形想起ニューロンへの信号伝達を解析したところ、手がかり図形保持ニューロンから対図形想起ニューロンへの信号伝達が引き金となって、その信号がさらに次の対想起ニューロンへと伝播していくことが明らかになりました(図5)。これは、手がかり図形保持ニューロンからの信号伝達によって、対図形想起ニューロンで生成された記憶想起信号が、さらに増幅されていく過程を反映していると考えられます。これらの結果から、霊長類の側頭葉において、記憶の想起を司る神経回路とその動作が初めて明らかになりました(図6)。
<今後の展開>
本研究により、私たち霊長類が物体についての記憶を想起する際に用いられる側頭葉の神経回路と、その動作が初めて明らかになりました。これによって、記憶想起の神経メカニズムの理解がより深まるだけでなく、あるタイプの記憶障害の起源についての研究や、連想型データベースの高速化・効率化などさまざまな応用にもつながることが期待されます。
<ポイント>
○脳の記憶を思い出すための仕組みは解明されていなかった。
○サルの大脳側頭葉で、記憶を思い出す際に働く信号の生成や伝播を担う神経回路を発見。
○記憶障害の研究や連想型データベースの検索効率化などへの応用に期待。
JST 課題達成型基礎研究の一環として、東京大学 大学院医学系研究科の宮下 保司 教授、平林 敏行 助教らは、サルを被験動物とした実験により、記憶を思い出す時の信号の生成と伝播を担う神経回路を発見しました。
大脳の側頭葉(注1)は、物体についての記憶を司る脳の領域であり、物事を覚え込んだり、思い出したりする時に活動する神経細胞が多く存在することが知られています。しかし、これらの神経細胞が、どのような神経回路を形成し、連携することによって記憶を思い出す信号を生成しているのかは分かっていませんでした。
本研究グループは、1つの図形(例えば鉛筆)を手がかりにして、事前に対として記憶している別の図形(消しゴム)を連想する作業を遂行中のサルの側頭葉で、複数の神経細胞群の活動を同時に記録しました。その結果、手がかり図形(鉛筆)に応答しその情報を保持するニューロン(手がかり図形保持ニューロン)から、別の図形(消しゴム)を思い出す時に活動するニューロン(対図形想起ニューロン)へと特異的に神経信号が伝達し、それがさらに他の対図形想起ニューロンへと伝播していくことによって、記憶想起信号が生成され、増幅されることが分かりました。これにより、私たち霊長類が物体についての記憶を思い出す際に用いられる側頭葉の神経回路とその動作が初めて明らかになりました。
今回用いた複数の神経細胞群の活動を同時に記録し、解析する手法により、記憶想起信号の起源となる局所神経回路の解明が進むとともに、あるタイプの記憶障害に関与する神経回路についての研究の進展や、連想型データベース(注2)の高速化・効率化などへのさまざまな応用が期待されます。
本研究成果は、2013 年1月9日(米国東部時間)に米国科学誌「Neuron」のオンライン速報版で公開されます。
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域 「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」
(研究総括:小澤 瀞司 高崎健康福祉大学 健康福祉学部 教授)
研究課題名 「サル大脳認知記憶神経回路の電気生理学的研究」
研究代表者 宮下 保司(東京大学 大学院医学系研究科 教授)
研究期間 平成23年10月~平成28年3月
JSTはこの領域で、脳神経回路の発生・発達・再生の分子・細胞メカニズムを解明し、さらに個々の脳領域で多様な構成要素により組み立てられた神経回路がどのように動作してそれぞれに特有な機能を発現するのか、それらの局所神経回路の活動の統合により、脳が極めて全体性の高いシステムをどのようにして実現するのかを追求します。またこれらの研究を基盤として、脳神経回路の形成過程と動作を制御する技術の創出を目指します。
上記研究課題では、記憶ニューロン群を生み出す大脳側頭葉・前頭葉皮質の微小神経回路の働きを調べ、これらがどのように協調的に組織化されて記銘や想起という現象が可能になるかを明らかにします。
<研究の背景と経緯>
大脳の側頭葉は、物体についての記憶を司る脳の領域であり、これまでに、記憶の定着および思い出し(想起)時に活動する神経細胞が知られていました。しかし、これらの記憶神経細胞がどのように働くのかその仕組みを解明しようとするこれまでの研究アプローチは、物事を記憶する時の個々の神経細胞の活動を測る方法か、または逆に神経細胞の集団を1つの機能単位として、その活動をマクロ的に測定する方法のどちらかであり、個々の神経細胞同士が、互いにどのような回路を形成することによって記憶想起信号を生成しているかについては分かっていませんでした。このように、記憶想起のプロセスを神経回路の動作として理解することは、脳の働き方の原理を理解することであり、脳科学における数十年にわたる課題になっていました。
<研究の内容>
本研究では、サルに対連合記憶課題(注3)(図1)を課し、視覚からの長期的な記憶を想起する時のさまざまな神経細胞の活動を同時に記録・解析しました。対連合記憶課題とは、「鉛筆」と「消しゴム」のように対となる事柄や図形をあらかじめ連想によって記憶し、特定の図形を見た時に、それと対になっている図形を連想によって思い出す課題です。
課題を遂行中のサルの神経細胞群の活動の記録には、多チャンネル電極(注4)を用いました。これらの神経活動を解析することにより、サルが実際に記憶を想起している時の神経回路の作動を調べることができました。その中で本研究では、提示された特定の手がかり図形に応答し、その情報を保持する「手がかり図形保持ニューロン」と、特定の対図形の想起時に活動する「対図形想起ニューロン」に着目し、想起期間におけるそれらのニューロン間の信号伝達を解析しました(図2)。
解析には、経済学において広く用いられているGranger因果性解析(注5)を用いました。これは、あるニューロンAの活動が、同時に記録している別のニューロンBの活動が原因となっていると予測される度合いを計算することによって、ニューロン間の信号伝達の強さを推定する方法です。
解析の結果、手がかり図形を見たサルが対となる図形を想起している時に、対図形想起ニューロンにおいて記憶想起信号が生成されるのに先立って、手がかり図形保持ニューロンから対図形想起ニューロンへと神経信号が伝達することが分かりました(図3、図4)。このことから、このニューロン間信号伝達が原因となって、対図形想起ニューロンにおいて記憶想起信号が生成されることが示唆されました。
次に、手がかり図形保持ニューロンから対図形想起ニューロンへの信号伝達の前後において、同時に記録されたもう1つの対図形想起ニューロンへの信号伝達を解析したところ、手がかり図形保持ニューロンから対図形想起ニューロンへの信号伝達が引き金となって、その信号がさらに次の対想起ニューロンへと伝播していくことが明らかになりました(図5)。これは、手がかり図形保持ニューロンからの信号伝達によって、対図形想起ニューロンで生成された記憶想起信号が、さらに増幅されていく過程を反映していると考えられます。これらの結果から、霊長類の側頭葉において、記憶の想起を司る神経回路とその動作が初めて明らかになりました(図6)。
<今後の展開>
本研究により、私たち霊長類が物体についての記憶を想起する際に用いられる側頭葉の神経回路と、その動作が初めて明らかになりました。これによって、記憶想起の神経メカニズムの理解がより深まるだけでなく、あるタイプの記憶障害の起源についての研究や、連想型データベースの高速化・効率化などさまざまな応用にもつながることが期待されます。
PR
Post your Comment
広告
ブログ内検索
アーカイブ
カウンター