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2024'04.27.Sat
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2007'12.26.Wed

理化学研究所など、電子磁石の強さを1兆分の1の精度まで計算することに成功

電子の磁石の強さを1兆分の1の精度まで計算

- 電磁気力の強さを示す微細構造定数を精密に決定 -


◇ポイント◇ 
●電子の磁石としての強さを量子電気力学(QED)理論により計算
●計算過程をすべて自動化し、理研スーパーコンピュータで計算を実行
●ハーバード大学の実験結果と今回の成果から、世界最高精度で微細構造定数を決定


 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)、国立大学法人名古屋大学(平野眞一総長)、米国コーネル大学(ディビッド J. スコルトン学長)は、1個の電子が持っている磁石の強さを1兆分の1の精度まで計算することに成功しました。これは、磁石の強さを示すg因子(※1)の値を決める理論式のうち、光子(※24)個による寄与を従来の計算と独立に評価し、新たに決定し直したものです。その結果、2006年の米国ハーバード大学によるg因子の実験の測定結果とあわせて、電磁気力の強さを示す微細構造定数(※3)は1/137.035999070(98)と定まり、最後の3桁の数字が変更されました。これは、仁科加速器研究センター(矢野安重センター長)川合理論物理学研究室の青山龍美協力研究員(現在は大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構研究員)ほか3人の共同研究による成果です。
 本研究グループは、量子電気力学(QED)(※4)の摂動計算(※5)を数値的に行う手法として米国コーネル大学の木下東一郎教授(ゴールドウィン・スミス名誉教授)が開発した方法をさらに改良し、計算のすべての過程をコンピュータで自動的に実行できるようにしました。理研のRSCCスーパーコンピュータでの数ヶ月にわたる計算によって得た新しい結果を、2005年に得た結果と比較検討したところ、以前の計算の誤りが判明しました。これを訂正すると、2つの独立な計算の結果は一致し、理論式の形が光子4個の寄与を含む項まで確定しました。これは、ハーバード大学でのg因子の実験結果の精度である約1兆分の1に匹敵します。
 電子のg因子の実験と今回の理論式から決めた微細構造定数αの値は、他のどの方法で決めた値よりも高い精度を持っており、世界標準値となる予定で、理科年表をはじめ各教科書の値が変更されることになります。電磁気力に起因する現象は、物の色や香りにはじまり、タンパク質の形、金属やナノ物質の特性、化学反応、原子の形成など多岐にわたります。その強さを示すαを知るということは、私たちが自然現象の根源を、αの精度と同じ深さまで理解するということを意味します。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』(9月14日号)に掲載されるに先立ちオンライン版(9月12日付け:日本時間9月13日)に掲載されます。 


1. 背 景 
 電子の磁石としての性質を磁気能率(※6)と呼びます。この磁気能率の強さは、ボーア磁子(※7)を磁性の単位として、その何倍になっているかで表し、これをg因子と呼びます。電子のg因子の大きさは、物理理論の2本柱である特殊相対性理論(※8)と量子力学(※9)を融合してできたディラックの理論(※10)によると、正確に整数の2の値を示すはずです。ところが、実際にg因子の大きさをガリウム原子のスペクトル線の測定から決定してみると、2から0.1%程度ずれていることが、米国の実験物理学者P.クッシュ(1955年ノーベル物理学賞受賞)らにより1947年に発見されました。このg因子の2からのずれを異常磁気能率(※11)と呼び、その原因を探るとともに、gの詳しい値を決めるための理論と実験の双方による研究が始まりました(図1)。
 翌1948年にこの異常磁気能率の原因が、電子と光子との相互作用(図2上)にあると看破し、量子電気力学理論(Quantum ElectrodynamicsまたはQED)によってその値を計算してみせたのが、米国の理論物理学者J.シュウィンガーです。ディラック理論と異なり、QEDでは、量子的なゆらぎによって、電子が仮想的な光子を放出し、再吸収する効果が生じます(図2下)。この効果が、弱い磁場中にある電子のg因子に、2からのずれを生じさせます。一方、日本の理論物理学者朝永振一郎のグループと米国の理論物理学者R.P.ファインマンは、水素原子中にある電子が受ける仮想光子からの影響を計算し、水素原子の「ラムシフト」と呼ばれるエネルギー準位差の原因を説明しました。シュウィンガー、朝永、ファインマンの3人はQEDの成立への貢献によって1965年にノーベル物理学賞を共同受賞しています。
 1987年には、米国の実験物理学者H.G.デーメルトらワシントン大学のグループが、1個の電子を金属筒内の電磁場に閉じ込め、異常磁気能率を精密に測定することに成功しました。彼らの得たg因子の値は、1千億分の1の精度で、11桁の値が得られたことになります。デーメルトはこの功績で1989年にノーベル物理学賞を受賞しています。
 昨年、2006年になって、ハーバード大学のG.ガブリエルスらは、デーメルトらの値よりもほぼ1桁、g因子にして1兆分の1の精度で、異常磁気能率を測定することに成功しました。具体的には、
 g/2=1.001 159 652 180 85±0.000 000 000 000 76
で、この測定に成功するまで、ガブリエルスは実に20年を費やしています。この成果はAmerican Institute of Physics(米国物理学協会、以下AIP)が選ぶ2006年のThe Top Physics Storyに選定されています。
 このように実験の精度が上がるにつれ、理論計算もより高い精度が要求されてきます。QEDでは、電子の間で仮想光子を交換することで電磁気力が伝播すると考えます。1個の仮想光子を交換する効果は微細構造定数αに比例することが知られており、αは電磁気力の強さを示す定数そのものとなります。αの値は約1/137と小さな数であるため、交換する光子の数が多い過程ほど、磁気能率に対する寄与は小さくなります。g因子をαの多項式
 g=2+2×(A1(2) (α/π)+A1(4) (α/π) 2 + A1(6) (α/π) 3+ A1(8) (α/π) 4+...)  …(1)式
 で表し、αの係数A1(2)などをQEDの理論計算により求めていきます。したがって、理論からのg因子の予言値の精度を上げるには、多くの光子を交換する過程を計算する必要があるということになります。
 ところが、αの次数を上げると、計算は格段に難しくなります。例えば、αの1乗の項の寄与、J.シュウィンガーが得たA1(2)=1/2は、1個のファインマン図※12(図2下)のみを計算すればよく、現在の洗練された計算方法を使用すれば、ノート1ページぐらいの紙に鉛筆で計算できる量ですみます。次に、αの2乗項に対応するA1(4)=-0.328 478 ….は、7個のファインマン図の寄与を足し合わせたもので、一人の人間が紙と鉛筆だけで正しく計算できる限界に近い計算となります。さらに、αの3乗項に対応するA1(6)=1.181 241….は72個のファインマン図が寄与し、米国で木下教授らがコンピュータによる計算を行い、1974年に最初の数値計算の結果を得ました。
 α4(αの4乗)の項A1(8) には891個のファインマン図形が寄与します。これらを計算する数値計算プログラムは、すべてをあわせると約20万行にのぼり、1981年に木下教授らが最初にその値を発表しました。A1(8)の数値を3桁目まで確定するには、各時代の最先端のスーパーコンピュータを使用して20年以上かかり、本研究グループの木下教授と仁尾研究員によって2005年にようやく最終的な値が得られました。この計算は、理研RSCCスーパーコンピュータのCPUの2,048台すべてを使用したとしても、少なく見積もっても丸2年の時間が必要になるというものです。この2005年の結果と、2006年のハーバード大学の電子g因子の実験結果とをあわせて、世界最高精度での微細構造定数αを実験と理論の共同で2006年に決定しました。この論文は、ハーバード大学のg因子測定の報告論文とともに、AIPの2006年The Top Physics Storyに選定されています。
 A1(2)からA1(6)までは、複数のグループによる全く異なる方法での計算が一致していることから、まず間違いなく正しいと考えられます。それに対してA1(8)の値は、2005年の値がただ1つあるだけの状況となっていました。そのため、独立な計算による検証が永く待望されていました。しかし、その計算規模の大きさ困難さから、誰もが手をつけることを躊躇していました。  


2. 研究手法 
 光子を交換する数、つまりαが何個寄与するかに応じて計算の精度をあげていく方法を摂動計算と呼び、QEDではファインマン図に基づく方法で行います。さらに、朝永らが考案したくりこみ理論(※13)を適用して、はじめて、電子のg因子に寄与する量を求めることができます。これは素粒子物理の理論計算としては標準的な方法です。
 g因子に対して光子が1個ごとに及ぼす影響は、微細構造定数αに比例した寄与となり、(1)式の形で表されます。QEDによる計算で、これまでαの係数A1(2)からA1(8)までの4項が具体的な数字として求められていました。
 ハーバード大学では近いうちに、異常磁気能率の測定精度をもう1桁改良する計画です。その精度に対する理論計算では光子5個の影響に相当するα5(αの5乗)の寄与が必要となり、12,672個のファインマン図を計算しなくてはなりません。この計算に必要とされる計算プログラムは、すべてあわせると1億行程度の長さにもなると見込まれています。研究グループは、この計算を実行するために、QEDによるg因子の計算の自動化に着手しました。木下教授が考案した数値計算の方法論に、さらに、赤外発散(※14)の処理方法に関する改良を加えることで、計算のすべての過程を自動的にコンピュータ上で行えるようにしました。
 この自動化システム自身を検証する目的を兼ねて、α4(αの4乗)の項の寄与A1(8)の値を再計算しました。特に4個の光子のみによる寄与を示す518個のファインマン図に目標を定めました(図3)。これらはA1(8)のなかでも、くりこみ理論による処理方法が最も複雑なものです。それが原因となって、今までプログラム自身の解析的な構造は検査されていましたが、数値計算そのものを別の方法で実行し、値を評価することはなされていませんでした。研究グループでは、新旧の2つの計算結果をファインマン図ごとにつきあわせることで、自動化システムの検証と、以前の計算の検証とを同時に行いました。具体的には、自動化システムで生成した数値計算プログラムを、RSCCのPCクラスターで実行しました。1日あたり400台から700台程度のCPUを数ヶ月間にわたって使用し、新しい計算結果を得ました。以前のA1(8)の結果に比べると、新しい結果はまだ1桁精度が低い数値ですが、計算の検証を行うには十分な精度に達しています。
 検証の結果、図3に示すM18と呼ぶ14個のファインマン図に相当する計算において、数値計算の誤差の範囲を超えた食い違いが見出されました。さらに、詳細な探索の結果、以前に実施したM18の2,000行を超える数値計算プログラム中に、わずか4行、他のプログラム中と同じ形でなければならない項が、違った形を持っている誤りを発見しました。同様の誤りは、同じ構造を持つM16の2行にも見いだされました。
 M16とM18のプログラム中のごくわずかな訂正は、A1(8)を求める全プログラム20万行のなかの6行の訂正ですが、数値計算の結果としては、α4の項A1(8)の値の約10%に及ぶ大きな変更を伴う値になりました。  



3. 研究成果 
 これまで間接的な検証しかできていなかったα4の項A1(8)の寄与を直接に計算することで、独立な計算結果を得ました。この計算結果をもとに前の計算の誤りを見つけ、訂正したところ、新旧の値は数値計算の誤差の範囲内で一致しました。研究グループが今回行った計算は、赤外発散の処理に新しい方法を採用しており、今までのものとは異なった新規の計算方法です。その両者が一致したということは、α4の項A1(8)の値の信頼性が格段に増し、A1(8)を-1.9144±0.0035に確定したことになります。同時に、自動計算システムの信頼性も確立したことになり、次のα5の項の計算に適用するための確固とした裏づけが得られたことになりました。
 今回得られた理論式をハーバード大学の実験値と等しいとすることで、αの値を新たに
 α=1/(137.035 999 070±0.000 000 098)
と決定し、最後の3桁の数字を変更しました。理論と実験の双方が高い精度に到達していることの帰結として、このαは約10億分の1という高い精度を持ちます。つまり9桁目まで数字が確定しています。電子の異常磁気能率を使って決めたαの精度は、他の方法で決めたαよりも1桁上まわっています(図4)。
 微細構造定数αも含め、物理や化学に表れる自然界の基本定数の値は、国際科学会議によって設立されたCODATAの基礎物理定数部門※15によって、さまざまな実験や理論計算の結果を判断し、その推奨値が決められます。今回の研究成果で電子のg因子の理論式を変更したことにより、次期のCODATA推奨値でのαの値も変更され、それが世界中で使用されることになります。また、αを使って決められた、他の物理定数や、測定の基準についても、変更を及ぼすことになります。


4.今後の期待 
 本研究で自動化システムの検証が完了したことから、理論計算において迅速にα5(αの5乗)の項が得られるものと考えられます。ハーバード大学では、近くさらに実験の精度を上げる予定であり、理論値と実験値がともに更新されると、αの値をさらにもう1桁知ることができると期待されます。自然界に存在する4種類の基本的な力(※16)のなかで最も日常的な力、私たちが知るこの世界の有り様を形作っている電磁気力の強さを、より正確に知ることができるのです。
 また、物理の理論発展への影響も見逃せないものがあります。素粒子物理の究極の目標は、物質の根源とは何かを探ることです。これまで、くりこみ理論を適用したQEDが、g因子をはじめ多くの物理現象を数値まで見事に予言してみせた事実は、素粒子物理の理論の発展を支える基盤となってきました。電磁気力だけでなく、強い力、弱い力もQEDを拡張した理論で説明できることがわかり、重力を除く3つの力を統合する理論として、現在の素粒子標準理論が構築され、さまざまな素粒子現象を説明してきました。QEDの検証とは、現在の素粒子理論の源流を検証することに他ならないのです。
 しかし、QEDは創生の頃より、朝永をはじめ多くの人が、最終的に正しい物理理論ではないだろうと予想していました。その理由は、QEDにおけるくりこみ理論の数学的に厳密な定義が当時も今もできないためです。それから60年、予想に反し、QEDは常に正しく自然を記述してきています。しかし、α5(αの5乗)の項、1兆分の1の精度を超える段階で、ついにQEDの限界が見えることになるかもしれません。超巨大加速器による高いエネルギーの実験ばかりでなく、たった1個の電子の非常に低いエネルギーでの現象を詳しく調べることで、新しい世界観が切り拓かれることもありえるのです。


※補足説明と図1~4は添付資料をご参照下さい。

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