理化学研究所、植物生長ホルモン「ジベレリン」の働きをブロックする新酵素を発見
植物の形を自由に小さくする新しい酵素を発見
- 植物生長ホルモンの作用を止め、ミニ植物を作る -
◇ポイント◇
・生長ホルモン「ジベレリン」の働きを特異的にブロックする新酵素を発見
・ジベレリンの「酸性」の性質をメチル化で「中性」に変える
・可逆反応も可能な新酵素でミニ植物の背丈を自由に調整
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、植物生長ホルモンの「ジベレリン」の働きを特異的にブロックする新しいタイプの酵素を発見しました。これは、理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)促進制御研究チームの山口信次郎チームリーダー、生長制御研究チームの神谷勇治チームリーダーらと、ミシガン大学のEran Pichersky(エラン ピチャスキー)教授らの研究グループによる共同研究の成果です。
ジベレリンは酸性物質で、細胞内ではおもにイオンとして存在すると考えられ、この酸性の性質はジベレリンが植物体内でホルモンとして働くために重要です。植物のなかには酸をメチル化して中性に変える酵素がありますが、今までジベレリンを特異的に中性にする酵素の存在は知られていませんでした。
今回の研究では、モデル植物であるシロイヌナズナのゲノム配列情報をもとに24のメチル転移酵素※1遺伝子を見出し、これらの中からジベレリンと特異的に反応する2つの酵素GAMT1とGAMT2を発見しました。大腸菌内で作ったこれらの酵素を調べるとジベレリンの酸をメチル化してホルモン活性をブロックしました。この酵素はシロイヌナズナの未熟種子に多く含まれています。この遺伝子を壊した植物は鞘(さや:未熟種子と果実から成る)にジベレリンが蓄積し、この酵素を植物の体中のどこでも作られるように変えた植物は草丈が小さくなりました。このミニ植物に含まれるジベレリンを最新の微量分析法で調べたところ、正常な植物よりもジベレリン含量がずっと低下していることが分かりました。これらの結果からGAMTは酸をメチル基でブロックする新しいタイプのジベレリンの不活性化酵素で、昨年研究グループが明らかにしたイネのEUI遺伝子(2006年1月30日プレス発表 http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2006/060130/index.html )とは全く別の機構により生長ホルモンを不活性化することが明らかになりました。将来この酵素を用いた新しい植物生長調節技術の開発につながることが期待されます。
この研究成果は、米国の科学雑誌『The Plant Cell』の(1月号)に掲載されます。
1.背 景
植物ホルモンは植物自身が生産し、微量で働く信号物質です。植物ホルモンの植物組織1グラム中の含量は一般に1ナノグラム(10億分の1グラム)以下で、量は生長や環境に応じて巧妙に調節されています。イネや小麦の生産量を飛躍的に高めた「緑の革命」に用いられた遺伝子の一部は生長ホルモンの一種であるジベレリンの生合成と受容に関わる遺伝子でした。それらが壊れると草丈が低くなり肥料を多く与えても倒れない強い植物がでます。今までに発見されたジベレリンの不活性化酵素は最近研究グループが明らかにしたEUIを含めてジベレリンを「酸化反応」により不活性化する酵素でした。
2.研究手法
研究グループは、シロイヌナズナの全ゲノム配列情報をもとに、酸性のカルボキシル基をメチル化する酵素の遺伝子候補を24個見出しました。これらの酵素はS-アデノシルメチオニンのメチル基を特定の物質のカルボキシル基に移す機能をもつことが知られています。候補遺伝子の完全長cDNA※2を用いて大腸菌でタンパク質を合成し、放射性同位元素で標識したS-アデノシルメチオニンを用いてジベレリンにメチル基を転移する酵素活性の有無を調べました。その結果、24の候補遺伝子の内、GAMT1とGAMT2の遺伝子産物がジベレリンをメチル化しました。
次にGAMTIとGAMT2の遺伝子産物が作られている場所を植物体で詳しく調べたところ、葉、茎、根では殆ど作られず、種子が形成される過程で最も多量に作られていることがわかりました。
GAMT1とGAMT2遺伝子をシロイヌナズナ、タバコ、ペチュニアに過剰発現させたところ図1に示すように植物がミニ植物になりました。シロイヌナズナのミニ植物では活性型のジベレリンが野生種と比べて十分の一程度に減少していました。これらの植物に外から活性型のジベレリンを与えるとミニ植物から正常の植物に戻りました。また、GAMT1とGAMT2の2つの遺伝子が破壊された突然変異体では鞘に通常よりも多量のジベレリンが含まれていることがわかりました。シロイヌナズナの種子はジベレリンが無くなると発芽できなくなります。ジベレリンの合成を阻害する薬剤が存在すると、野生種のシロイヌナズナ種子の発芽が抑えられますが、GAMT遺伝子が破壊された突然変異体の種子はジベレリンの生合成阻害剤を与えても発芽することができました。
本研究はメチル転移酵素の単離に関してはミシガン大学のグループが行い、植物体内での酵素機能に関しては植物科学研究センターに導入した最新の液体クロマトグラフィー-質量分析計(LC-MS)などを駆使して理研が進めました。
3.研究成果
研究グループは、シロイヌナズナの逆遺伝学的方法※3で機能が未知のメチル転移酵素のなかからジベレリンを標的とする新しい不活性化酵素を発見しました。この酵素を破壊すると種子にジベレリンがたまり、逆に植物のあらゆる場所で作り出せるようにするとミニ植物になりました。
今回の研究で、ジベレリンの不活性化に今まで予想されていなかった「メチル化による酸性から中性への変換」(図2)という新たな仕組みが存在することが明らかになりました。メチル転移酵素による酸性化合物の中性化(メチルエステル化)は、生体内の様々な代謝経路において発見されています。それらの中には、メチルエステルを再び酸性のカルボキシル基に戻す反応の存在が知られています。したがって、今回新たに発見したジベレリンのメチル化は、これまでに知られているジベレリンの「酸化(酸素添加)」による不活性化とは異なり、可逆的であることに重要な意味があるのかもしれません。ジベレリンのメチル化が、活性型ホルモンに復活できる一時的な不活性化としての意味をもつのかどうかについては今後の重要な課題です。生長ホルモンを壊す仕組みとして、活性型ホルモンに復活できるタイプとできないタイプが存在することは、その量の微調整に重要なのかもしれません。シロイヌナズナでは、ジベレリンのメチル転移酵素が未熟種子で特異的に作られていることから、この酵素が種子の分化と成熟に深く関わっていると思われます。
4.今後の期待
本研究の成果は、生長ホルモンの不活性化の仕組みの多様性(図3)を示していますが、同時に植物の生長調節技術に繋がる新たなツールを得たことになります。今後、この新しいホルモン調節機構をより詳細に調べることにより、種子機能の改良や植物体のサイズの調節技術の開発が期待されます。
<補足説明>
※1 メチル転移酵素
他の化合物に対してメチル基(-CH3)を転移する酵素。通常S-アデノシルメチオニンのメチル基を用いて、標的物質をメチル化する。ここではカルボシル基(酸性の原因となる部分構造)にメチル基を転移する酵素に着目した。
※2 完全長cDNA
メッセンジャーRNAを相補できる完全な長さを持った相補DNA。これを用いて組み換えタンパク質を容易に合成できる。理研ではシロイヌナズナを始めとした種々の植物材料由来の優れたcDNAのライブラリーを公開している( http://rarge.psc.riken.jp/ )。
※3 逆遺伝学的方法
従来の古典的な遺伝学的手法は、正(順)の遺伝学手法と呼ばれ、突然変異体の表現型に着目して、その原因遺伝子を特定し、機能を明らかにしていくことをいう。この「突然変異体から遺伝子」とは逆の流れで、遺伝子の機能を明らかにする方法が逆遺伝学手法である。すなわち、遺伝子の配列からある機能を持つと予想される遺伝子を特定化し、その欠損変異体を作成し、表現型を調べることから遺伝子の機能を明らかにする方法。
●図1 GAMT1を過剰に作るとミニ植物ができる
●図2 メチル化による「酸性」から「中性」への変換
●図3 ジベレリンを不活性にする仕組みの多様性
(※ 関連資料を参照してください。)