青山学院大学と理化学研究所など、セッケン分子から成る偏光発光素子の仕組み解明
セッケン分子と希土類金属から新しいディスプレイ材料開発の可能性
-分子から成る偏光発光素子の仕組みを世界で初めて解明
近年、有機ELや液晶ディスプレイを始めとする様々な発光デバイスの開発が行われています。今回、青山学院大学(武藤元昭学長)は、財団法人高輝度光科学研究センター(吉良爽理事長)、独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)および旭化成株式会社(蛭田史郎代表取締役社長)と共同で、セッケンの元となる分子に希土類金属※3であるプラセオジム(Pr)やユウロピウム(Eu)イオンを含ませて規則的に並べた特殊なセッケン膜に、有機分子を取り込むと、特定の方向に偏光した光を発する事(偏光発光)を発見しました。
この発見は、青山学院大学理工学部化学・生命科学科の長谷川美貴専任講師、財団法人高輝度光科学研究センターの木村滋主幹研究員、独立行政法人理化学研究所の高田昌樹主任研究員および旭化成株式会社研究開発センターの小松民邦博士らのグループによる成果です。
これは、希土類金属と有機分子との相互作用が、光を発する元となる有機分子の電子状態に特別な制約を与えることで起こります。大型放射光施設(SPring-8)の高輝度X線により解析し決定された膜の分子構造から、この偏光発光の仕組みを初めて解明しました。
これまで、液晶ディスプレイのバックライトなどは偏光フィルムを通して偏光させる必要がありましたが、本成果により偏光を直接発する発光デバイスの開発の可能性が生まれ、携帯電話や銀行端末など、覗き見防止の仕組みを持つ指向性の高い偏光ディスプレイなどの開発の契機となることが期待されます。
本研究成果は、英国王立化学会が発行するEUの光化学連合の公式ジャーナル「フォトケミカルアンドフォトバイオロジカルサイエンス」(7月4日)に掲載されます。
(論文)
"Novel emission properties of melem caused by the heavy metal effect of lanthanides(III) in a LB film"
Ayumi Ishii,Koji Habu,Shinobu Kishi,Hideki Ohtsu,Tamikuni Komatsu,Keiichi Osaka,Kenichi Kato,Shigeru Kimura,Masaki Takata,Miki Hasegawa and Yuzo Shigesato
Photochemical&Photobiological Sciences,2007
<背 景>
近年、有機ELや液晶ディスプレイをはじめとする様々な発光デバイスの開発が行われています。光はシグナルとしての通信機能を持つだけでなく、波の性質を持ち合わせるため、波に方向性を持たせるいわゆる偏光(図1)性が生じます。
この偏光性を制御することで、ある方向からのみ光を発することのできるような付加価値の高いディスプレイの開発なども注目されています。例えば、液晶ディスプレイの基板表面には、一方方向にナノレベルの溝をつくり、偏光性を持たせる必要があります。現在のところ、真空中で精密に操作できる装置・環境により偏光性を制御する方法が主流です。
これに対し、今回、LB膜法※1といわれる湿式法により、常温常圧で分子を規則的に並べる膜化を行いました。LB膜方法は、親水部位と親油部位をもち合わせるセッケン分子を水界面に浮かべ、石英などの板上に一定の規則性を持たせて移し取るため、一般的な結晶とは異なる特殊な分子配列を容易に形成できます。そのため、LB膜は20年ほど前には人工皮膚などの生体膜への応用が期待されていましたが、膜内のピンホール状の欠損がイオンなどを選択的に通す膜としては致命的であることがわかり、実用には向かないとされてきました。しかし、長谷川らはこの膜を光と融合させると、ピンホール的な欠損は無視でき、発展的な光機能性膜としてはたらくことに着目し、今回の構想に至り成果に結びつきました。
<研究手法・成果>
本研究では、分子特有の結合を利用しLB法により並べた分子膜を人工的に積み上げることで、新しい仕組みを持つ偏光子膜の開発に世界で初めて成功しました。積み上げた分子膜は、希土類金属とセッケン分子の錯体で作製すると希土類金属はセッケン分子の長さの間隔でシートとなります。積み上げた分子膜に有機分子としてメレムを導入しました(図2)。メレム※2は、旭化成(株)研究開発センターにより開発された三角形型の有機分子で、発光することが知られています。
今回拡張したLB法では、メレムをあらかじめ水相に溶かしておき、希土類-セッケン錯体の積み上げ時に自動的に取り込ませることで、分子自身の性質を膜機能設計に生かすことができました。この膜に紫外線を照射すると、メレムから異なる偏光性を持つ二種の発光(いわゆる多重偏光発光)が観測されます(図3)。
そこで、SPring-8の粉末結晶構造解析ビームラインBL02B2http://www.spring8.or.jp/wkg/BL02B2/instrument/lang/INS-0000000409/instrument_summary_viewによる高輝度なX線回折測定により薄膜の構造解析を行ったところ、希土類-セッケン膜では希土類金属のシートが規則的に積み重なり、メレムはセッケン分子の疎水部分に規則性を持って挟まる形で挿入していることが明らかになりました。このときにメレムも規則性を持っていることがわかり、石英基板を水面に上げるときにのみ、LB膜内に取り込まれる特異性も見出しました。
比較のため、メレムの結晶とその希土類錯体の結晶について発光特性に関する実験を試みましたが、これらはいずれも発光に偏光性はみられませんでした(図4)。希土類金属を含まないセッケン分子のみのLB膜にメレムを取り込ませたところ、この膜でも多重偏光発光を示しませんでした。構造をみると、このLB膜の場合では、メレムとセッケン分子は水素結合によりセッケン分子の親水部分に位置していました。すなわち、このような分子薄膜における多重偏光発光は、希土類-セッケン錯体のLB膜における希土類シートの重原子効果が特に必要であることが裏付けられました。
<今後の期待>
エネルギー資源の乏しい日本において、光を利用した材料開発は学術的にも工学的にも研究することにおいて重要な位置づけにあります。この研究で得られた規則性のあるセッケン-希土類錯体のシートは、インターカレートする有機分子により多種の偏光性を持たせられる新しい光の利用へ広がることが期待されます。例えば、覗き見防止の偏光型ディスプレイや、光ファイバーの接合部分に用いると偏光をスイッチできる未来型の通信技術にも発展できることでしょう。膜の作製が湿式でスパッタ法などと比較してリスクが低いことから、大画面の偏光ディスプレイとして用いると、臨場感あふれる平面ディスプレイ開発にも応用できるかもしれません。さらに、用いる希土類がユウロピウム(Eu)などの場合には、それ自身の発光特性やスピン状態の特性も有用な発光性機能材料の設計に関わることも期待できるため、この成果は発展性が見込まれています。
<謝辞>
本研究の一部は、文部科学省科学研究費補助金・特定領域研究「配位空間の化学」および青山学院大学21世紀COEプログラム「エネルギー効率化のための機能性材料の創製」および(財)関西エネルギーリサイクル科学研究振興財団の助成を受けて行いました。また、SPring-8の実験は、文部科学省のナノテクノロジー総合支援プロジェクトの支援を受けて粉末結晶構造解析ビームラインBL02B2で実施しました。
<参考資料> (※添付資料を参照)
図1 偏光子の原理
図2 新しい仕組みによる偏光発光膜の作成法
図3 セッケン-希土類錯体LB膜内に取り込まれたメレム由来の発光の多重偏光
図4 同じ成分による偏光発光性の組織の違いによる比較
補足資料1 メレム
補足資料2 偏光発光スペクトル
補足資料3 シンクロトンXRD
<用語解説>
※1 LB膜法
ラングミュア・ブロジェット膜法。水面に撒いたセッケン分子の膜の両端から圧力をかけると、分子の親水部分は水面に着いたままで親油部分が空気中に向き、分子が直立して整然と並びます。これをL膜といいます。この水面に対して石英のような平坦な基板を垂直に上下させると、L膜が基板上に層をなしてすくい上げられ、LB膜となります。なお、基板を水面に水平に上下させてL膜を付着、累積させる方法もあります。
※2 メレム
メレムは、旭化成(株)研究開発センターが開発した合成高分子のひとつで、メラミン(2,5,8-triamino-s-triazine)3分子が分子間縮合(intermolecular fusing or condensation)してできた複素環式化合物(heterocyclic compound)であり、メレム分子の環は、tri-s-triazine ring,or tris-s-triazine ring,or heptazine ring,or cyameluric nuclei(old name)とさまざまな呼び名があります。メレム分子は、対象性の非常に高い分子であり、ノーベル化学賞(1913年)を受賞したポーリング先生がこの構造を世界で最初に予見されています。3個のアミノ基をすべてN3基で置換した化合物は、ポーリング先生のノートに書いてあったのでPauling's"mystery molecule"と呼ばれており、また、1830年代のBerzeliusによる発見当初は、Pharaoh's serpentsと呼ばれています。メレムという命名は、Liebigによりなされました。なお、2006年に長谷川らはメレムの発光とその希土類錯体の合成および発光現象の機構を明らかにしています。
※3 希土類金属
イットリウム(Y),ランタン(La)やイリジウム(Ir)などを含むクラーク数の小さい元素群およびランタノイド類、アクチノイド類が希土類金属とよばれます。ランタノイドは周期表でも下のほうに位置する重い金属群です。一般に、原子の保有する電子は、その核に近いところから配置されるため、特に金属の性質は原子やイオンの一番外殻の電子(スピン)に依存します。しかし、ランタノイドやアクチノイドの場合は、最も外殻にスピンが埋まってしまうため、イオンの性質を司る役割をするスピンは核側にあり、結果として真空中で孤立して存在するような状態を持ちます。そのため、永久磁石や輝線発光など、特殊な材料によく用いられます。
※4 蛍光とりん光
発光は、物質が励起状態から基底状態に遷移する際に光としてエネルギーが放出される現象です。発光する直前の状態で考えると、基底状態と励起状態に1個ずつスピンがあります。このとき、これら対のスピンの向きが互いに違う場合(多重度が1)が蛍光で、同じ向きの場合(多重度が3)がりん光とよばれます。なお、希土類金属からの発光は、多重度が複雑であるため、蛍光ともりん光とも区別されず、「発光」(LuminescenceあるいはEmission)というか、f軌道が関わるので「ff発光」といいます。