理化学研究所、死細胞の貪食による免疫寛容誘導メカニズムを発見
死細胞の貪食による免疫寛容誘導のメカニズムを解明
- 臓器移植時の拒絶反応や自己免疫疾患などの治療に期待 -
◇ポイント◇
・死細胞を貪食(どんしょく)して免疫寛容を誘導し、自己免疫疾患の発症を抑制
・脾臓辺縁帯のマクロファージの活躍が免疫寛容に必須
・死細胞を貪食する樹状細胞の種類が免疫寛容の破綻に関係
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、死細胞を貪食することによって免疫寛容を誘導するメカニズムを発見しました。これは、理研免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)自然免疫研究チームの田中正人チームリーダーらによる研究成果です。
私たちの体の中では、不要となった細胞やがん細胞などの有害な細胞に細胞死を誘導して、これを排除していく仕組みが存在します。体内で細胞が死ぬと、その死骸はマクロファージや樹状細胞などの食細胞により、速やかに貪食されます。この貪食のプロセスは、死んだ細胞から有害な物質が放出されるのを防ぎ、周囲の組織が正常な機能を維持するために役立っていると考えられています。
研究チームは、この死細胞の貪食によって、特定の抗原が体内に侵入しても免疫反応をおこさない「免疫寛容状態」を誘導させ、自己免疫病モデルの発症を抑制することに成功しました。さらに、そのメカニズムを解析し、(1)脾臓の辺縁帯(marginal zone:マージナル・ゾーン)※1に存在するマクロファージという細胞が免疫寛容を誘導するために必要であること(2)このマクロファージが欠損すると、死細胞を効率的に排除できなくなること(3)死細胞を貪食する樹状細胞の種類が変わってしまうこと、を発見しました。
この研究成果は、死細胞の排除という日常的に私たちの体で起きている仕組みが、免疫寛容を維持するために重要であることを示しています。自分自身に対する免疫寛容がどのようにして破綻し、自己免疫疾患が発症するのかという免疫メカニズムの解明のモデルとして利用することや、臓器移植などで起こる拒絶反応の防止や自己免疫疾患の治療法開発などに役立つと期待されます。
本研究の成果は、米国の科学雑誌『The Journal of Clinical Investigation』8月号(オンライン版7月26日付け:日本時間7月27日)に掲載されます。
1.背景
私たちの体は、細菌やウイルスなどの異物を免疫反応によって攻撃して排除する一方で、自分自身の細胞を攻撃しないようにする仕組み(自己免疫寛容)を持っています。しかしながら、この免疫寛容をどのように誘導し、維持していくのか、そのメカニズムは、まだはっきりとわかっていません。研究チームは、これまでに、死細胞の貪食に異常が起きると、自己に対する抗体を作り、免疫寛容状態が破綻することを発見し、死細胞の貪食と免疫寛容との関連性を指摘してきました(Asano, K. et al. The Journal of Experimental Medicine 200, 459-467 (2004))。
自己免疫疾患は、免疫寛容が破綻し、自分自身の正常な細胞や組織を免疫反応によって破壊してしまうために起こります。例えば、自己免疫疾患のひとつである多発性硬化症は、神経線維をさやのように覆っているミエリンという組織を免疫系が攻撃して壊してしまうために、脳脊髄炎を引き起こし、運動障害や視力障害などの神経症状をくり返します。
多発性硬化症の動物モデルとして、実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)が知られています。これは、ミエリンオリゴ糖タンパク(MOG)というタンパク質をマウスに注射すると、多発性硬化症に似た脳脊髄炎を発症する実験モデルです。
研究チームは、細胞表面にMOGをもつ細胞の死骸をあらかじめマウスに注射しておくと、免疫寛容を誘導でき、MOGを注入してもEAEの発症を抑えることを発見し、そのメカニズムを解析しました。
2.研究手法と成果
研究チームはまず、MOGの遺伝子を人為的に細胞に導入し、細胞表面にMOGタンパク質をもつ細胞を作りました。このMOG発現細胞に、細胞死を誘導し、死んだ細胞をマウスの静脈に注射しました。続いて、EAEを発症させるMOGをマウスに注射したところ、驚くべきことに、EAEの発症をほぼ完全に抑えることができました。このマウスにはほとんど臨床症状は認められず、EAEに特徴的な炎症性サイトカイン※2(IFNγ、IL-17)の産生量も低下しており、MOGに対する免疫寛容が誘導されていることがわかりました。
注射した細胞の死骸は、脾臓の辺縁帯と呼ばれる部位に集まって排除されていたことから、研究チームは、辺縁帯に存在するマクロファージという食細胞に注目しました。体の各所では、様々なマクロファージが働いていますが、解析には、目的のマクロファージだけをなくす必要があります。
研究チームは、ジフテリアトキシンという薬物を投与すると、辺縁帯のマクロファージだけを欠損する変異マウスを作製しました。このマウスに、死細胞を注射してもEAEの発症は抑制されず、神経症状と脊髄炎が認められました。このことから、死細胞による免疫寛容の誘導には、脾臓の辺縁帯に存在するマクロファージが重要であることがわかりました。
さらに、死細胞を蛍光色素で標識してマウスに注射し、細胞の死骸が効率的に排除されるかどうかを調べました。野生型のマウスでは、細胞の死骸は急速に除去され、注射後2時間で辺縁帯からほとんどなくなっているのに対し、辺縁帯のマクロファージを欠損したマウスでは、2時間経ってもまだ多くの死細胞が残っており、排除が遅れることがわかりました。
脾臓の辺縁帯には、マクロファージの他にも様々な樹状細胞が存在し、貪食と抗原提示※3を行なっています。そこで、蛍光で標識した死細胞を注射し、どの樹状細胞が取り込むのかを調べました。野生型のマウスでは、ある特殊な樹状細胞が主に貪食するのに対し、辺縁帯のマクロファージを欠損したマウスでは、別の種類の樹状細胞が、死細胞を貪食するようになることがわかりました。
これらの結果から、(1)死細胞の貪食によって免疫寛容を誘導し、自己免疫疾患の発症を抑える(2)免疫寛容の誘導には、脾臓の辺縁帯に存在するマクロファージが重要である(3)免疫寛容の破綻には、死細胞排除の遅延あるいは貪食樹状細胞の変化が関っている可能性がある、などが明らかになりました。
3.今後の展開
本研究成果は、死細胞の排除という日常的に私たちの体で起きている仕組みが、自己に対する免疫寛容を維持するために重要であることを示しています。細菌やウイルスなどの異物を排除する免疫反応は、正常な場合には自分自身の細胞や組織を攻撃しません。ところが異常になると、この免疫反応が自分の細胞を攻撃します。免疫寛容の破綻がどのようにして起き、自己免疫疾患が発症するのかは依然として謎ですが、今回の研究成果は、今後この謎を解明していくためのモデルとして役立ちます。また、臓器移植時の拒絶反応の防止や自己免疫疾患の治療法開発などに大きく貢献すると期待されます。
<補足説明>
※1 脾臓の辺縁帯(marginal zone:マージナル・ゾーン)
脾臓は白脾髄と赤脾髄という二つの領域に区分される。これらの間にある帯状の領域を辺縁帯と呼ぶ。静脈に注入された異物は、まず辺縁帯に集積し、食細胞に捉えられる。
※2 炎症性サイトカイン
サイトカインとは、細胞同士の情報伝達に関わる様々な生理活性をもつタンパク質の総称。炎症性サイトカインとは、体内への病原体の侵入を受けて産生されるサイトカインで、生体防御に関与する他種類の細胞にはたらき、炎症反応を引き起こす。
※3 抗原提示
体内に異物が侵入すると、樹状細胞やマクロファージといった抗原提示細胞が細胞内に取り込んで処理し、外敵の情報を抗原として細胞表面に示す。これを抗原提示と呼ぶ。提示された抗原を、T細胞が抗原受容体によって認識することで、外敵の情報が受け渡され、免疫反応が開始する。
●図1 MOG発現死細胞の投与によるEAE発症の抑制
MOG発現死細胞を予め投与した群では、EAEの発症が起こらないことがわかる。
●図2 投与死細胞の脾臓における取り込み
上:脾臓の辺縁帯には局在および性質の異なる2種類のマクロファージが存在する。
下:経静脈的に投与した死細胞(緑色に標識)は辺縁帯に集積し、速やかに除去される。
(※ 図1、図2は関連資料を参照してください。)